menu list買取商品 - シャトー・オー・ブリオン 1995年
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シャトー・オー・ブリオン 1995年の高価買取致します
シャトー・オー・ブリオン 1995年のご紹介
買取参考価格 | 49000円前後
生産国 | フランス |
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生産者名 | シャトー・オー・ブリオン |
地方 | ジロンド |
地区 | グラーヴ |
分類 | ボルドーワイン |
タイプ | 750ml/13度 |
「シャトー・オー・ブリオン(Chateau Haut-Brion)」はボルドー最古の歴史を誇り、1855年のパリの万博博覧会当時からあまりにも有名であったため、唯一メドック地区以外からワインランク5階層の第1級品に選ばれたシャトーです。
1814年のウィーン会議における晩餐会で振る舞われ、「ナポレオン戦争で敗れたフランスを救った救世主」とまで呼ばれたワインでもあります。
他の5大シャトーと比べると外交的で軽めという評価がありますが、タンニンが少ないため渋みが少なく柔らかさがあり、グラーヴ地区らしい香りやバランスがとれた味わいが親しみやすく、歴史を変えるほどの実力を持つ納得のワインとなっています。
類まれな香りとともに複雑でエレガントな風味と、まろやかでたっぷりとした旨みを味わうことができる極上のシャトーと言えるでしょう。
シャトー・オー・ブリオン 1995年の歴史
■フランスを救ったと言われるワイン
1855年のパリ万国博覧会で、フランスのボルドー・メドック地区のワインの格付けが行われたことは有名な歴史的事実です。
でもその場において例外的に、メドック地区ではなくグラーヴ地区から選ばれた唯一のシャトーがあります。
それがシャトー・オー・ブリオンです。
誕生したのは1550年ですのでボルドーのシャトーとしては最古の歴史を持ちますが、その魅力は世界で最もエレガントで複雑なアロマを持つという点です。
かのロバート・パーカー氏もこの点においてブリオンの右に出るものはないと断言し、1980年以降、常に一貫した品質を示すワインは他にないと絶賛しています。
シャトー・オー・ブリオンは1666年にイギリス市場に進出し、ロンドンのパブで大評判となったのが名声を得るきっかけとなりました。
その後ナポレオン戦争で敗れたフランスが処遇を決める1814年のウィーン会議で、晩餐会にこのシャトー・オー・ブリオンを提供したことでも知られます。
フランスが領土をほとんど失わずに済んだのは、この会議でシャトー・オー・ブリオンをふるまったからだと言われ、後にフランスを救った救世主とまで呼ばれました。
名声はヨーロッパ全土に広がり、このことで万国博覧会ではグラーヴ地区にも関わらず、特例としてシャトー・オー・ブリオンが選ばれたわけです。
■畑の名で売り出された最初のボルドーワイン
シャトー・オー・ブリオンは、1550年に正式に誕生しました。
当時から優れたワインを生み出すシャトーとしてよく知られていましたが、イギリス市場へ進出し、1649年にアルノー3世・ド・ポンタック卿がシャトーの所有者となった後、人気が本格的になりました。
最初の記録はチャールズ2世のワインセラー帳で見つかりましたが、このことで1660~1661年の1年で169本ものシャトー・オー・ブリオンが宮廷に収められたことがわかりました。
その後パブで民衆の大評判となり、畑の名で売りに出された最初のボルドーワインとなったのです。
ただ、この頃はまだポンタック卿の名で売り出されていたので、シャトー・オー・ブリオンのワインがいつ作られるようになったかは定かではありません。
イギリスの哲学者ジョン・ロックが1677年にボルドーを訪れた時に、シャトー・オー・ブリオンの話を残しています。
1787年になると、アメリカの駐仏大使トーマス・ジェファーソンがシャトー・オー・ブリオンを訪れ、テロワールについて詳細に残しています。
アメリカでワイン産業を目論んでいた彼は、土についても詳しくしく調べていたようです。
かくしてシャトー・オー・ブリオンは第1級ワインの中で、最初に公式にアメリカ合衆国に輸出されたワインとなりました。
というのも、彼がこの旅でシャトー・オー・ブリオンのワインを6ケース購入し、バージニア州の自宅へ送らせたからです。
■困難な時期を経て一流のブランドへ
1804年から1836年は停滞期となりました。
所有者もどんどん代わり、1841年にようやくラリュー家が1694年以来バラバラだった地所を一つにまとめ、1923年までシャトー・オー・ブリオンを所有しました。
それでも困難な時期は続き、どの所有者も事業としては不成功に終わりましたが、1935年5月13日にアメリカの銀行家クラレンス・ディロンが購入し、甥に会社を設立させます。
この獲得劇においては彼が特に何かを考え抜いていたわけではなく、ボルドーや乗馬施設へのアクセスが良かったから選んだだけと言われます。
購入の交渉時には車から降りもしなかったというエピソードすら残っているほどですから、あまり熱心な感じではなかったのでしょう。
甥のセイモア・ウェラーは、ここで後にドメーヌ・クラランス・ディロン社となる会社の社長に据えられ、50年間仕事を務めます。
セイモア・ウェラーは1975年に83歳で引退し、いとこの娘で後のムシー公爵夫人ジョアン・ディロンが後を継ぎました。
1976年の歴史的なワイン品評会では1970年のヴィンテージが第4位に輝き、現在の不動の地位を獲得しています。
■シャトー・オー・ブリオン1995年
1855年のパリ万博博覧会からあまりにも有名な歴史を持つこのワインは、タンニンが少なく柔らかいエレガントなワインです。
親しみやすい味わいは決して強さを感じるものではありませんが、その中には確かに歴史を変えて来た深い重みが秘められています。
類まれな香り、複雑なアロマ、エレガントでまろやかな旨みを味わうことができるのは、やはりシャトー・オー・ブリオンならではと言えるでしょう。
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