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おいしい酒造りに欠かせない工程の長い歴史

■ 便利なやり方などなかった時代から行ってきた酒造り
石川県白山市にある菊姫合資会社は、一般的には菊姫酒造の酒として通っています。
創業年がいつだったのかや、当時どのような屋号で酒蔵を運営していたかなど、はっきりしない歴史が多いのが菊姫合資会社の特徴と言えるでしょう。
創業は1570年頃と伝わっていることから、室町幕府末期の時代です。
仮に1570年が創業年だったとすると、449年もの長きにわたって酒造りを続けてきたことになります。
当然のことながら長い歴史の中での酒造りは、その工程のほとんどが手作業だったことでしょう。
現代社会のように機械が行ってくれる工程などなく、そもそもそうした便利な道具すらもなかったからです。
そんな時代から、菊姫では仕込みに非常に手間のかかる生酛造りと呼ばれる方法を採り入れており、のちに生酛造りをより簡単にした山廃仕込みによって、日本で最初の山廃仕込み純米酒を造るのに成功しています。

■ おいしいお酒になるかどうかを決める大事な工程
今も昔もおいしいお酒になるかどうかを左右する重要な工程が、酒母造りです。
酒母造りとは日本酒を醸造するにおいて不可欠となる、蒸米と麹、水を用いて優良な酵母を培養する作業です。
酒母造りの工程は酵母造りの後に位置しており、酒母によって先に造っておいた酵母を発酵させます。
酒母造りは酵母を大量に培養するために必要な酒造りの工程で、たくさんの酵母を培養できればできるほど、上質の酒が出来上がります。
杜氏にしても蔵人にしても、酒の造り手にとって酒母造りはまさに腕の見せ所なのです。

■ 酒母は大きく分けると2種類
酒母を造るという作業は、17世紀後半、日本で言うところの江戸時代にはすでに確立されていました。
現在は乳酸菌を加えることで酒母造りができるようになり、さほど大変な作業ではなくなりましたが、江戸時代に乳酸などというものはなく、ひたすら自然界から菌を取り込んで発酵させるという、非常に気の遠くなる作業でした。
これがいわゆる生酛（きもと）造りと呼ばれる方法で、現在の酒母造りの方法もこの生酛系と、もう1つ、速醸系（そくじょうけい）という方法に分かれます。
両者の最大の違いは、乳酸菌をどのように加えるかです。
生酛系の方法の1つとして知られているのが山廃仕込みで、菊姫合資会社では日本で初めて山廃仕込みによる純米酒を造った実績から、この仕込み方法に自信を持っています。
ずっしりとした飲み応えのある男酒となるところも、山廃仕込みの人気の理由です。
手間暇がかかる生酛系と比べ、文字通り手間がかからなそうなイメージのある速醸系の特徴は、乳酸を人工的に加える近代的な造り方にあります。
生酛系で要する酒母ができるまでの期間1ヶ月に対し、半分以下の2週間で培養できることから、現在ではほとんどの日本酒が速醸系で造られています。

■ 即醸酵母でもおいしいのはさすが菊姫
菊姫合資会社は、日本で初めて純米酒で山廃仕込みの商品を造ったことから、山廃仕込みにかけては絶対の自信を持っており、また得意としています。
山廃仕込みは明治時代後半になって発見された方法で、これまでの生酛造りに対して、材料の投入順序を変えたことによって造るのが飛躍的に簡単になったのです。
とはいえ、即醸系と比べると山廃仕込みは手間がかかります。
そんな山廃を得意とする菊姫合資会社が、あえて速醸酵母によって醸したのが菊姫 純米酒 特選純米です。
速醸酵母で造ったにも関わらず特選純米に仕上がっているのは、2～3年もの時間をかけて行われる熟成によって、まろやかで深みのある味わいになるからです。
熟成させることによって口当たりはやわらかくなり、もともと旨口でぽってりとした味わいから女酒と言われる菊姫の純米酒の中でも、とりわけまろやかな味わいが特徴で、菊姫の純米酒の最高峰とまで言われる逸品に仕上がっています。
濃醇でやわらかい米の甘みと旨味という酒ならではの良さが感じられるうえに、まるでナッツやカラメルのような香り、ハチミツを思わせるコク深さといった、熟成させることによって生まれる蒸留酒の特徴も併せ持っている、大変興味深いお酒です。