menu list買取商品 - ルイ・ロデレール ブリュット・ヴィンテージ 2009
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ルイ・ロデレール ブリュット・ヴィンテージ 2009の高価買取致します
ルイ・ロデレール ブリュット・ヴィンテージ 2009のご紹介
買取参考価格 | 4000円前後
生産国 | フランス |
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生産者名 | ルイ・ロデレール |
地方 | シャンパーニュ |
地区 | ランス |
分類 | シャンパーニュ |
タイプ | 750ml |
1776年に設立されたフランスの老舗シャンパーニュ・メゾン「ルイ・ロデレール(LOUIS ROEDERER)」は、最高級シャンパンとして名高い「クリスタル」を展開していることや、同族経営を貫いている希少なメゾンとして有名です。
ピノ・ノワールをメインに熟成させた味わいが楽しめる「ブリュット・ヴィンテージ(BRUT VINTAGE)」は、オーク樽で熟成させたワインを使用し、ボトリング後は専用セラーで平均4年、澱抜き後6ヵ月の熟成を行っており、砂糖漬けのフルーツにアーモンドクリームやホワイトチョコレート、キャラメルのような香ばしくて甘いアロマが溢れる複雑さが味わいの特徴となっております。
2009年の仕上がりは芳醇で濃厚ながらも酸味とのバランスに優れ、太陽の恵みと軽快さを兼ねそろえた「クラシック」なシャンパンです。
ルイ・ロデレール ブリュット・ヴィンテージ 2009の歴史
濃厚な味わいと酸味のバランスに優れたルイ・ロデレールの2008ヴィンテージ
■ クラシカルな出来栄えの正統派シャンパーニュ
「ルイ・ロデレール ブリュット・ヴィンテージ 2009」は、フランスの老舗シャンパーニュメゾンであるルイ・ロデレールが手掛けた2009年のヴィンテージシャンパーニュです。
上質な赤ワイン用ブドウ品種として知られるピノ・ノワールをメインに、オーク樽でじっくりと寝かせたワインを使用しています。
瓶詰め後は専用セラーで約4年間熟成させ、澱抜きした後にさらに6ヶ月間の熟成期間を設けているのが特徴です。
専用セラーで静かに眠る間に、シロップ漬けのフルーツやホワイトチョコレートの甘み、アーモンドクリームやキャラメルの香ばしいアロマが複雑な味わいを生み出します。
コクのある濃厚な味わいと果実の酸味のバランスは絶妙で、これぞルイ・ロデレールと称賛したいクラシカルな正統派シャンパーニュに仕上がっています。
1776年に設立されたルイ・ロデレールはフランスの老舗シャンパーニュメゾンとして、世界中にその名を轟かせている家族経営のメゾンです。
最高級シャンパンとしても名高い「クリスタル」を有し、家族経営が少なくなったフランスで今なお一族経営を続けている希少なメゾンでもあります。
■ ルイ・ロデレールの誕生と発展
1776年にデュボワ親子によって創設されたルイ・ロデレールは、その後ニコラ・シュレッダーにメゾンが売却されます。
このニコラ・シュレッダーは1809年に生まれたルイ・ロデレールの叔父にあたる人物で、1827年にはルイ・ロデレールが叔父のシュレッダーが経営する会社の共同経営者となりました。
1833年、ルイ・ロデレールは叔父のニコラ・シュレッダーからメゾンの経営を譲る受けることになります。
メゾンを譲り受けたルイ・ロデレールは、自らの名前を冠した「ルイ・ロデレール」を会社名としました。
214ヘクタールもの広大な自社畑を有しているルイ・ロデレールは、生産するシャンパーニュのおよそ2/3を自社ブドウで賄うことができます。
1868年には海外向けの輸出も始め、ロシアとアメリカに年間250万本のシャンパーニュを輸出しました。
1870年になると父親のルイ・ロデレールは、息子のルイ・ロデレール2世に経営権を譲ります。
海外への輸出量は年々増加し、特に1873年のロシア市場での需要は大変なものでした。
当時ロシアを統治していたロシア皇帝・ツァーリは、大のルイ・ロデレール好きであったことで知られています。
需要の多くを占めた背景にはツァーリのルイ・ロデレール好きが大きく貢献しました。
ロシアだけでシャンパンの輸出量は70万本にも達し、当時のルイ・ロデレールの生産量の30%近くを占めていたのです。
1876年にロシア皇帝の座に就いたアレクサンドル2世も、ツァーリに負けず劣らずのルイ・ロデレール愛飲家でした。
アレクサンドル2世はずらりと並べたシャンパーニュの中から、ルイ・ロデレールを一目で見分けられるシャンパーニュを造りることを所望します。
その要望に応えた形で誕生したのが「クリスタル」で、今ではルイ・ロデレールを代表する高級シャンパーニュとして世界中で愛されている商品です。
■ 面々と受け継がれていくルイ・ロデレールの家族経営
生産規模が拡大し、世界各地への輸出量が増えていったルイ・ロデレールですが、家族経営でのメゾン経営が廃れることはありませんでした。
1880年になるとルイ・ロデレール2世の妹であるレオニー・オルリー・ロデレールが家業を引き継ぎ、その後は息子であるレオン・オルリー・ロデレールへと経営は引き継がれていきます。
しかし1917年に勃発したロシアの十月革命で、ルイ・ロデレールは一番の取引顧客であったロシア市場を失うという窮地に立たされました。
レオン・オルリー・ロデレールが亡くなった1932年以降は、未亡人となったカミーユ・オルリー・ロデレールが1975年までルイ・ロデレールの経営を担います。
その歳月は実に40年間に及び、彼女はルイ・ロデレールのただ一人の経営者でもありました。
1975年にはカミーユの孫・ジャン・クロード・ルゾーが社長に就任します。
醸造学の知識を持っていたルゾーは、カリフォルニアにスパークリングワインの「ロデレール・エステート」を造り、フランス国内のシャトーも傘下に入れました。
こうしてルイ・ロデレールの家族経営は時を経て、時代を超えても絶えることなく続き、現在に地位を確立しているのです。
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