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蒸留所経営の難しさを歴史上に示すアードベッグ蒸留所

■ 日本のウイスキーの父が目にしたスコットランドの蒸留所の現実
日本に本物のウイスキーのおいしさを伝えたいと、1919年（大正8年）に24歳の若さで単身スコットランドに渡ったのが、ジャパニーズウイスキーの父として知られるニッカウヰスキー創業者の竹鶴政孝です。
持ち前の気迫と体当たり精神で見事にウイスキーづくりの技術を学び取って帰国した竹鶴政孝ですが、ウイスキーづくり以外にも大事なことを学んできます。
それが、蒸留所の経営は決してたやすいことではないということです。
竹鶴政孝は何のツテもなく、頼れる人もいない状況でスコットランドに乗り込んだのですから、まさに無謀とも言える挑戦ですが、スコッチウイスキーのメッカであるスコットランドに行けるということだけで素直にうれしかったと語っています。
そんな竹鶴が見たスコットランドの蒸留所はどれも小さく、家族経営の規模でしかなかったために、ウイスキー工場の経営がいかに難しいかをニッカウヰスキー創業時を思い返し、自伝に書き記しているのです。

■ 小規模経営の蒸留所を見舞った数奇な運命
竹鶴はスコットランドのキャンベルタウンにあるヘーゼルバーン蒸留所で、ポットスチルの内部に飛び込んで清掃作業をする傍ら、その構造を学び取っていきました。
賢い日本の青年が一本の万年筆とノートでウイスキーづくりの秘密を盗んでいったと称賛されたあと、スコットランドから離れた離島のアイラ島では、ある蒸留所が数奇な運命に翻弄されます。
1815年に創業したアードベッグ蒸留所は、設立以降、百数十年にわたって家族経営でウイスキーを造り続け、アードベギャンと呼ばれるアードベッグのウイスキーをこよなく愛する人たちに支えられていました。
家族経営は順調に続くものと思われていましたが、その後、数奇な運命に翻弄されることになります。
1970年代にはカナダのウイスキー会社に買収され、1989年にはイギリスの企業に買収されたものの、ワインやいろいろなお酒を造る会社だったことからウイスキーづくりに専念することができません。
1997年にようやくスコットランドのシングルモルトウイスキーメーカー、グレンモーレンジィ社に買収され、再びウイスキーづくりに取り掛かることができましたが、2000年代に入って再び混乱し、最終的にはLVMHに買収されています。
これほど多くの買収に遭えば、蒸留所そのものがなくなってもおかしくないところですが、生き残れたのはひとえにアードベッグのウイスキーが他の蒸留所のウイスキーとは違う、強いピート香という唯一無二の個性と味わいを持っていたからと言っていいでしょう。
この味わいに多くのファンがいたことが、アードベッグ蒸留所を救ったのです。

■ 傘下に入ってのウイスキーづくり
現在、LVMHの傘下でアイラモルトウイスキーを造るアードベッグですが、蒸留所経営の難しさを学んで帰った竹鶴政孝が興したニッカウヰスキーもまた、現在はアサヒグループの傘下でウイスキーを造っています。
本物のウイスキーを造りたいと単身海を渡った賢い青年もまた、アードベッグ蒸留所に負けないほどの苦難を乗り越え、跡を継ぐ者たちが今もニッカウヰスキーというブランドを守り続けています。
アードベッグ蒸留所が姿を消さなかったのは、アードベギャンという熱心なファンと、高品質のアイラモルトウイスキーがあったからこそで、日本のウイスキーの父もまた、アードベッグ蒸留所の復活を喜んでいるのではないでしょうか。

■ イタリア向けに造られたアードベッグの逸品
アードベッグ 1976年 シェリーカスク 53.5％ イタリア市場向けというのは、アードベッグが文字通りイタリア市場向けに造ったシングルモルトウイスキーです。
あえてヴァッティングを行わず、単独のシェリー樽で熟成したアードベッグ1976年をボトリングし、アルコール度数は53.5％にしています。
シェリー樽で熟成することによって生まれるリッチでフルーティな甘みに、アードベッグならではのスモーキーさが加わって、アードベッグのおいしさが見事に表現された逸品です。